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新潟県新潟市・新発田市の印刷会社・(株)福島印刷のブログです。

小さな奇跡

子供は早起きであることが多いものですが、我が家も然り。
1歳の息子は朝6時ごろから目ざめて活動しています。
これまでは家人にからんで起こし、次々と絵本を持ってきては「ハイ!ハイ!」と読んでくれるまで騒いでいました。夜が遅い家人にはちょっと過酷に思えることもありました。
しかし何度も「もうちょっと寝かせておいてあげなさい」と話すうちに、息子はぴたりと家人を起こさなくなりました。相変わらず早く目ざめていますが、一人で遊ぶかまどろんでいて、家人が起きたのを確認すると笑顔で猛ダッシュしていきます。
おとなが思うよりも、子供は言葉以上の何かをつかんでいるのかもしれません。
そんな話をしていたら、3カ月の娘がおもちゃのメリーのつまみをいじって、自分で音を鳴らし始めました。偶然手が触れたのかとも思いますが、小さくどよめいた我が家でした。
小さな奇跡か、予定された事実か。日常は楽しいきらめきで満ちています。
育児日記
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マリンバの音色

東京でマリンバ教室を主宰している知人から、コンサートのご案内をいただきました。
6月4日に糸魚川で行われる「弁天岩マリンバコンサート」です。パンフレットによると、弁天太鼓や地元の中学生との共演も予定されているそう。子連れなので残念ながら見送りますが、ご案内をうれしく受け取りました。
マリンバとは木琴の一種で、音板の下に共鳴用のパイプがついています。木の自然の音の響きは癒し効果もうたわれ、最近はソロ楽器としても注目されています。
この知人は、マリンバを通じた日中友好に力を注ぎ、訪中公演も重ねています。たおやかで、マリンバの音色そのままの癒しの雰囲気の漂う女性でしたが、バイタリティのある人でした。
マリンバではさまざまなジャンルの曲が演奏されますが、私が好きなのは「瑶族舞曲」です。もとは中国の管弦楽曲でヤオ族の伝統音楽に着想を得たものとされています。
非常に民族的で古きよきものを思い起こさせる「瑶族舞曲」。知人の姿に重ねて、そのメロディを懐かしく思いだしました。
日々つれづれ日記
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故郷再発見

実家の父から荷物が届きました。
野菜やお菓子とともに、木工細工のSLが入っていました。
息子のおもちゃに、ということです。
最近、山口市の重源の郷(ちょうげんのさと)に行ったときに買ったと言っていました。
重源の郷とは、源平の戦いで焼き打ちにされた東大寺再建の責任者を命じられた重源上人ゆかりの地です。
重源はこの地で用材切り出しの任務にあたりました。
今は竹細工やそば打ちなどもできる体験交流施設となっています。
故郷でありながら、名前を知っているだけで、実は行ったことがありません。
離れてみて、故郷には魅力ある場所が多々あったのだと今にして思います。
荷物の箱から出てきたSLに息子は「ほおーっ」と大きな目をまんまるにして驚き、早速抱きかかえて駆けまわっていました。
遠い旅をしてきたSLを見ながら、いつか息子と父とともに、この地を訪れたいと思いました。
日々つれづれ日記
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友来る、カニも来る

遠来の友を迎えました。
以前の勤め先の後輩で、友人であり、妹のようでもあり、公私にわたる付き合いを続けて十年になります。
一緒に面白い仕事をしては飲み、夢を語っては飲み、日々に疲れては飲み。
お互いにその会社をやめることなど想像もしませんでしたが、彼女も先ごろ退職し、結婚しました。
駅に迎えに行って自宅に戻ると、カニが届いていました。
見たことがないほど大きく、立派な毛ガニです。
送り主は二人の以前の上司。「思い出話をしながら味わってください」とメッセージがありました。
北海道で初めて勤めたとき、居酒屋で出てきた毛ガニに「本当に毛が生えてる!」と驚いたことを懐かしく思い出します。
カニをいただきながら、夜は枕を並べて修学旅行の夜のごとく、近況を尽きることなく語り合いました。
「お互いに幸せで良かったね!」と帰り際に涙ぐんでいた彼女。「オバサンになって涙腺が弱くなったかね」と大笑いしながら、爽やかに去って行きました。

かに
日々つれづれ日記
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ポールラッシュ

バレエ団が被災地を慰問して、野外公演を行うーという記事を新聞で読みました。
公演するのは東京のバレエ団、シャンブルウエスト。
山梨・清里の風物詩であるフィールドバレエの公演を長年、続けているところです。
4トントラックに世界最大級のオルゴールを積み、自動演奏に合わせてバレリーナが踊るというもの。被災地を20か所以上回るということでした。
ところでこの企画には「ポールラッシュ」という名前がつけられていて、目を引きました。
米国の牧師だったポールラッシュは関東大震災後に日本のキリスト教団体の再建のために来日。第二次世界大戦後に再来日後は、日本の復興のために清里高原で開拓支援に取り組み、日本で亡くなりました。「清里の父」と呼ばれます。
日本が国難から立ち上がるために一生を捧げた親日家の名を冠すこの企画に、関係者の思いを感じました。
日々つれづれ日記
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モッタイナイ

新発田市の飲食店で食事をした際、入口やメニューに「当店はモッタイナイ運動に参加しています」の表示がありました。
新発田市では「食の循環しばたモッタイナイ運動」を行っています。以前、HPなどで見かけて記憶にありました。
家庭、学校、事業所で食べ残しを減らし、生ごみの抑制・減量につなげるというもの。この飲食店も運動の協力店のようで、食べ切ることができるようにご飯量が調整できる旨が書かれていました。ここでは行っていませんでしたが、持ち帰りに対応できる店舗や宴会で料理を残さないために、最初に食事を味わう時間をつくるように呼びかけているお店もあるそうです。
社会に出た十年と少し前、バブルは崩壊していましたが、居酒屋などで大量に注文し、食べ残しがたくさん出ても平気なグループを散見し、衝撃を受けました。あれはひとつの時代の空気だったように思います。
「モッタイナイ」の言葉が流行となった時期もありますが、今はさらにそれを超えて、ひとつひとつの命を丁寧にいただくことが静かに定着しつつあるという感じがします。森羅万象に命が宿ると考え、それを慈しんできた日本人の心に、回帰しつつあるのでしょうか。
新発田市の取り組みは、どれくらいのごみの減量につながったのか、顧客からどんな反応があったのか、その成果が知りたいところです。呼びかけるだけでなく、確かに結果につなげてほしいと思います。
日々つれづれ日記
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外遊び

長雨のあとの快晴で、我が家の庭の草は急に丈を伸ばしてしまいました。
これはいくらなんでもまずいだろうと、午前中は急きょ草むしり。
下の子が小さいこともあって、あまり庭に息子を連れ出したことはありません。
きょうは息子にも帽子をかぶらせて「見学」させると、興味深そうにウロウロ。
覚えたばかりの言葉で、草も花も「ハナ!」と指さして叫んでいました。
テレビの子供番組で、だんごむしを模した人気の踊りがあります。
本物を見せてやりたいと以前から思っていたので、掌に乗せてやりました。
「ダン」「ダンゴ」という言葉は言えますが、テレビの踊りと一致しないのか、「アメ!アメ!」と叫んでいました。
これはたぶん、以前公園の小川でアメンボを教えたからです。
虫に類するものは何でも「アメ!」と呼んでいるようです。
絵本に出てくるカタツムリもアリも、実物を見てこそ実感を伴った知識になっていくような気がします。
これからの季節、できるだけ外の世界の楽しさを教えてやりたいと思っています。
育児日記
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スターバト・マーテル

震災や原発事故などで外国人の国外退去が伝えられる中、4月下旬に札幌で行われた札響のコンサートで、チェコ人の首席客演指揮者、エリシュカが予定通り出演した、という新聞記事を読みました。
演奏されたのは、ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」。
カトリックの聖歌です。
「悲しみの聖母」を意味し、十字架にかけられたわが子の死を嘆き悲しむ聖母マリアをテーマとしています。
ドヴォルザークは長女を幼くして亡くしたときにこの曲に着手し、相次いでさらに二人の子を失ったあとに完成させたと言われています。
以前から決まっていたプログラムではありますが、震災で亡くなった多くの人への祈りとなりました。
震災後、これまで以上に心に静かに響く曲です。
日々つれづれ日記
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旅先の出会い

今年の連休は、家人の祖母を埼玉に訪ねました。
九十余歳、一人暮らし。
変わらず元気でした。
この欄でも何度か書きましたが、大正生まれ90代の底力を感じます。
宿泊は埼玉のビジネスホテル。
簡素でリーズナブルですが、子供連れには便利な和室があります。
家人が「ネットで口コミ評価が高い。おかみさんが素晴らしいらしい」と予約してくれました。
そのおかみさんは笑顔が素敵な壮年女性。
「混みませんでしたか」
「よく眠れましたか」
気遣う表情は眉根を寄せて本当に心配そう。「大丈夫です」「よく眠れました」と答えると、晴れ晴れと「ああ良かった」のお顔。
心から親身になっての接客に感動しました。
「子育ては楽しいから頑張って下さいね」と別れ際に背中をたたいてくださったその手の温かさが、今も残っています。
旅先の素敵な出会いでした。
日々つれづれ日記
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